大衆演劇との出会いは、今からもう28年ほど前か、大阪の新世界にある浪速クラブというお芝居小屋が初めてでした。劇場に貼り出されていたポスターには「劇団ふじ」と書かれていたと思います。
古い建物に、派手な配色の看板が掲げられた、一見、ビギナーを拒むような雰囲気のお芝居小屋。ドキドキしながら中に入って、舞台に向かって右手の、真ん中あたりに座りました。
席の埋まりは7割くらいだったか。だいたいが常連さんのようで、みんながみんな勝手知ったる風な空気が流れていました。
幕が開いてお芝居が始まりました。
旅のやくざ男が、ある宿場町を通りかかった時、いいところのお嬢様らしき娘に「あなたじゃ、あなたじゃ」と指さしされる。大きな旅籠の一人娘で、旅の男と"デキて"しまい、男が去った後、赤ん坊を産み、そのショックで?正気でなくなってしまったという。
旅籠の主人が出てきて「あんたが父親か。責任を取れ」と、男に赤子を押し付ける。
それから数年後、男はその時の子と仲睦まじく暮らしていた。その子のためにやくざ稼業もやめて、ある飯場で土工として働いている。その飯場に、子の本当の父が迎えに来た。
立派を身なりをした侍で「自分にとってたった1人の子。後継にしたいから返して欲しい」と言う。
そこで男は言う。
「気楽な一人暮らしから、子の面倒をみなきゃならなくなって俺ぁどれだけ苦労したか。だけどよ。どんな辛いことがあってもこの子がいるから耐えられたんだ。俺みたいな男がバカをやらずに生きてこれたのはみんなこの子がいりゃあこそなんだ。なんで今更返せるものか」・・・
このくだりを聞いて、わたしは涙が止まらなくなりました。
しかし、飯場の親方から「こどもの幸せを思うなら、お侍さんになれる本当の親に返すのが、本当の親心じゃないか」と説得されて、泣く泣くこどもを引き渡すことに。
するとその子が男にしがみついて「いやだいやだ。おいらのちゃんはお前じゃねえか!」と泣きじゃくる。男は天を仰いで涙を流し、こどもをひしと抱きしめる・・・
この辺りはもう、しゃくりあげながら泣いていました。
お芝居が終わって灯りがついて、わたしは泣き顔を見られるのが恥ずかしくてオロオロしました・・・が、周りを見たら、みーんなグシュグシュに泣いてました。男性も女性も、みんな目が真っ赤。
いわゆる「クサい人情芝居」と言われるしれません。が、だからこそ、どストレートに、ど真剣に演じないとならず、それが観る者にも迫ってくる。「ひとは1人では生きていけない」という心の叫びが、「小さくて弱いものが人としての道を歩ませてくれる」ということを知った時の喜びが、主人公の男の姿や言葉から、痛いほど胸に響きました。
寂しい思いをしたことのある人ならば、胸に刺さってしょうがないと思います。居合わせた人たちは、みんなどこかで弱くて寂しい。わたしも含めて・・・そんな風に思いました。
昔ながらのお芝居は、目を凝らせば様々な社会状況が随所に見えてきます。
舞踊ショーが始まったら、今度はノリノリです。曲に合わせて歌う人、叫ぶ人(ハンチョウ)、思い思いに盛り上がり、それがいつしか小屋全体で1つの空気となるのを感じました。子役さんが出てきたら、駆け寄ってお菓子やパン?を渡します。みんな可愛くて仕方がないという風に、目を細めて観ていました。そんな横顔にうっとりと、先ほどのお芝居を思い出しながら、半ば夢心地で見ていました。
もう1つ。胸を突かれたこと。
1曲ごとに頭の先から足の先まで着替えて登場する役者さんの「1曲入魂」の姿です。
当時、バンドをやっていて、自分たちのライブにお客さんに来てもらうにはどうしたらいいか悩んでいました。
しかしこの日の大衆演劇の役者さんを見て、わたしが悩んでいることなんか悩みのうちに入らないと知らされました。
これだけの舞台を、自分はしているのか?と。
「悩んでるんやったら、いっぺん行ってみ」
大衆演劇の小屋を教えてくれたのは「ふちがみとふなと」の渕上純子さんでした。ずいぶん後になってから、じゅんちゃんにこの時のお礼をいうと、笑いながら「よかったわー。でも、あの時、みんなに教えまくったけど、そこまでハマったのはわこちゃんだけやわ」と言われました。
2016年から、大衆演劇の雑誌の仕事に関わらせてもらえるようになり、大衆演劇…旅芝居のことが、自分の中でも大きなウェイトを占めるようになりました。「大衆演劇」のなかの「福祉」について掘り下げたくて、ひと月にたくさんのお芝居を、貪るように観ていた時期もありました。たくさんのお芝居に囲まれて過ごす中、あの遠い日、初めて大衆演劇の観た時の衝撃は、ますます強さを増しています。
もう二度と観られないお芝居。もしも叶うなら、もう一度あの日の舞台を観てみたい。あの日、あの場所にいたみなさんと、会えるものなら出会いたい。もう一度一緒に観てみたい。あの時の空気の中に身を置いてみたい・・・そんな、どんなに願っても叶うことのない夢の光景を、思い描いています。
これから先も何度も思い出したいので、記憶が薄れていないうちに…すでに途切れたり、思い違いをしてしまっているところもあり、ならば早いとこ書き留めておかねばと思い、記しました。
この日観たお芝居のタイトルは「岡崎の夢」というのだと、後になって知りました。
ーー読んでくださったみなさまへ
よろしければ、わたしに聞かせていただけませんか。
初めて大衆演劇、旅芝居を観た日のことを・・・
みなさんから寄せてもらえたら何かにまとめてみたいなと、
まだおぼろげな段階ですが、考えています。
よかったら、ぜひ・・・
現在の浪速クラブ。2011年に改装されました
改装前の写真は あいこberry」さんのブログ記事
で見ることが出来ます