電車通学・通勤生活が長かったので、定期券には随分お世話になった。
通勤ラッシュの地下鉄構内、人の波に押されながら、
自動改札機に定期を流し込み、通過を許されて、地上の光を見る毎日。
定期券は、私の帰路を約束する、たいせつな手形だった。
さて、そんな会社員時代の話。
私の部署では毎年1人1件「新案特許出願申請書」を書かねばならなかった。
「どうせ通りっこないのに」と、みんなでぶつぶつ言いながら書いていた。
実際、社内の特許部の審査を通過し、特許庁提出に至った申請書は皆無だった。
ある年。1件「採用の可能性アリ」という通知が、部長の元に届いた。
N主任の案だった。
特許タイトルは「
定期券を改札機に通さずに認識させる方法について」。
もう15年以上も前のことだ(年齢がばれるわね)
夢のようなアイディアだった。
そんなこと絶対できっこないと思った私、ちっとも先見の明がありませんね。
特許部も「あくまでもアイディアレベル」という評価で、正式提出はされなかった。
N主任は、やさしい、言葉控えめな技術者だった。
そのソフトな風貌となかなか結びつかない、たくましいアスリートでもあった。
ソフトボール大会で5試合投げて、往復走って帰る。
転勤の挨拶も「近くにいいジョギングコースがあるからうれしいです」
走っているときが一番幸せ、という方だった。
仕事で徹夜がつづいても、疲れを表に出されることはなかった。
N主任は、昨年、突然亡くなられた。
ガンだった。
会社にいる友人から転送されてきたメールに
「また走りたい、仕事がしたい。だから絶対治ります」とあった。
ICOCAカードを見るたびに
笑うと目じりがくしゃっとなる、N主任の あの笑顔を 思い出す。